
前編では、USDTの誕生背景からステーブルコイン市場における現在の位置づけまでを整理しました。今回の後編では、その延長として、USDTの実際の活用事例、Tether社の事業展開および資本政策を踏まえ、今後の展望までの一連の流れを詳しく見ていきます。
現実経済に溶け込むUSDTのユースシーン
USDTは、前編(1–2)で触れたインフレや通貨下落へのヘッジ手段に加え、国際送金、労務支払い、企業の資金運用など、より実務的で日常に近い場面でも採用が広がっています。単なるトレード用トークンではなく、実需に根ざしたユースケースが増えているのがいまの特徴です。
フリーランス・リモートワーカーの報酬支払い
国をまたぐ報酬支払いでは、通貨や銀行インフラの違いがハードルになりがちです。こうした問題に対し、USDTを報酬の受取手段として導入するプラットフォームが増えています。実例として、国際人材プラットフォームのDeelは契約者向けの出金オプションにUSDTを追加しており、銀行口座がない人でもウォレットがあれば受け取れる仕組みを提供しています。また、Bitwageなどの給与支払いサービスもUSDT(複数ネットワーク)を使った支払いオプションを用意しており、即時決済や低コスト化の利点をアピールしています。
参考:How to Withdraw Money Using Digital Currency Transfer – Deel
モバイルマネーや決済アプリとの連携
USDTの利用は暗号資産取引所の枠を越え、モバイル決済やメッセージングアプリのエコシステムへと広がっています。TetherはKaiaブロックチェーン上にUSDTをネイティブ展開し、LINE NEXTとも協業して、LINEのミニDAppやウォレット機能でUSDTを扱える環境づくりを進めています。これにより、既にLINEが普及している日本や東南アジアのユーザーが、特別なアプリを別途導入せずにドル建ての価値を保持・送金できる可能性が高まりました。
同様に、OobitとTON Foundation(およびTether)の連携は、モバイル決済アプリを通じて暗号資産による実店舗決済やP2P送金を簡単にする取り組みとして公表されています。OobitはTONエコシステムの統合や店舗でのTap&Payといった機能を目指しており、Tetherとの協業はステーブルコインを日常決済に接続するひとつの例です。
参考:
LINE NEXTとKaia DLT財団、テザーと連携──USDTをMINI Dappでの決済手段に
TetherはTONファウンデーションおよびOobitと提携し、暗号決済ソリューションを共同で構築します。
暗号資産取引・DeFi・国際送金で拡大するUSDTの実需
取引所の流動性面では、USDT建てペア(BTC・USDT など)が非常に高い取引量を誇り、USDT自体も大きな時価総額を維持しています(主要マーケットデータでは2025年時点でおおむね1~2千億ドル規模の時価総額)。このため、取引所間の資金移動やアービトラージ、短期の流動性供給手段として広く使われています。
DeFi領域でもUSDTは重要な役割を果たします。レンディング・流動性プールにおけるUSDTの供給・借入は市場の動きを左右する大きな要素であり、一時的に流動性が不足する事例も観測されています。例えばAaveのUSDTプールでは、一件の大口借入・引き上げで利用率(utilization)が上昇し、92%台に達したという報告があり、プロトコル運用上のリスク要因として注目されました。こうした事象は、USDTが単なる交換手段に留まらず、ブロックチェーン上の資金循環の中心になっていることを示しています。
国際送金の観点では、従来の銀行送金が数日かかったり高コストだったりする一方で、ステーブルコインを使うと決済時間が数分〜数十分に短縮され、コスト面でも大幅な削減が報告されています。会計・コンサル系の調査でも、条件によってはコストを大幅に下げられる可能性が示されており、特に銀行インフラが脆弱な地域では実効的な代替手段になり得るとされています。(ただし実効性はネットワークやオン・オフランプの仕組みに依存)
参考:
Aave’s USDT pool hits 92.8% utilization after $115M whale withdrawal
Stablecoins Revolutionize Cross-Border Payments, KPMG Report Finds | Binance News on Binance Square
Tetherの事業展開 ― RWAと実物資産への進出
TetherはUSDT発行というコア事業にとどまらず、現物資産(RWA)のトークン化や、実物資産への出資・インフラ投資にも動いています。代表例としては以下の通りです。
- Tether Gold(XAU₮):1トロイオンスの金を裏付けとするトークンで、複数のマーケットデータではその時価総額は数十億ドル規模として計上されています。ブロックチェーンを通じて金保有の流動性を高める試みです。
- 再生可能エネルギー ・ マイニングのインフラ投資:2023年、Tether はエルサルバドルの「Volcano Energy」プロジェクトに参加し、再エネを活用したマイニング・インフラ構築に関わる旨を発表しました。これは資金運用の多角化とサステナビリティ対応の一環と見られます。
- 実物資産への出資:2025年にはカナダのElemental Altus(鉱山・ロイヤリティ関連)に対する株式取得が公表され、金やハードアセット分野でのプレゼンス強化が進んでいます。
参考:Elemental Altus Is Pleased To Announce Tether Investments As New Cornerstone Shareholder
これらの動きから、単なる「ステーブルコイン発行業者」から、トークン化された現物資産やインフラ運営を含む広義のデジタル金融インフラ企業へと業態を拡張しようとしていることが読み取れます。
資本政策・企業価値に関する議論
報道では、Tetherが資金調達を検討しており、投資家との交渉次第では非常に高い評価額(報道ベースで数百億〜数千億ドル規模)になるという見方も出ています。ただし「企業価値が確定した」といった断定的な表現は避けるべきで、複数メディアは「交渉中」 「報道によれば」といった前提で報じています。資金調達や評価額に関する数字は時点によって変わるため、最新の公表資料や信頼できる報道ソースで随時確認する必要があります。
USDTの展望 ― RWAと規制整備が鍵になる
今後注目すべきポイントは大きく2つあります。1つはTether自身や他発行体によるRWA(不動産・金・インフラ等)のトークン化と、それを裏付けとした新たなステーブルコイン商品群の動向です。もう1つは規制・監査の国際的な標準化です。会計・監査・ライセンス面の要請が強まれば、発行者の開示や外部監査の実施、地域別ライセンス取得の動きが加速します。これらが揃うかどうかで、USDTの「現実経済への組み込み度」は大きく左右されるでしょう。
ドルのデジタル化、現実経済を動かすフェーズへ
USDTは、国際送金・給与支払い・モバイル決済・資産運用といった多層的な金融インフラに接続する段階へと進化しています。Tether社自身も、RWAのトークン化や再エネ投資などを通じて、実体経済とデジタル資産の橋渡しを試みています。今後、各国でステーブルコイン規制が明確化し、外部監査や開示体制が整うことで、USDTの信頼性と制度的地位はさらに強化される可能性があります。2026年以降、RWA裏付け型USDTや地域別ライセンス拡大が進めば、USDTは「ドルのデジタル表現」を超えて、グローバルな決済・資産インフラの一角を担う存在へと発展していくでしょう。

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