
Web3の裏側を支えるオラクル:ユースケースから攻撃事例、複数プロジェクトの役割、未来技術まで
オラクルは表に出てくる華やかなアプリケーションではありません。しかし、その裏側では多くのWeb3プロジェクトが依存しており、「影のインフラ」として静かに存在感を増しています。前編では、オラクルがそもそも何を解決する技術なのか、そしてブロックチェーン単体では扱えない外部データをどのように取り込んでいるのかを整理しました。後編となる本記事では、そこから一歩踏み込み、オラクルが実際のWeb3サービスにどのような価値をもたらしているのか、具体的なユースケース、過去の攻撃事例、そして今後期待される技術進化までを、前編で触れた内容を踏まえながら立体的に解説します。
オラクルが支えるユースケース ― Web3の「裏側」で動く見えない基盤
オラクルは、DeFi、GameFi、NFT、RWAといったさまざまななWeb3アプリケーションに組み込まれています。前編でも触れた通り、ブロックチェーンはオンチェーン情報しか扱えないため、外部の価格、指数、天候、スポーツ結果、ランダム性などのデータを利用するあらゆるアプリケーションは、オラクルなしには成立しません。
DeFiのレンディング市場では、担保価値の計算に外部価格データが利用されています。AaveやCompoundなど主要プロトコルは、ほぼすべての市場でChainlinkの価格フィードを利用しています。Chainlinkは複数の取引所やデータ企業から情報を収集し、市場の偏りを抑えた形でオンチェーンに配信します。これにより、自動清算の基準が安定し、不正清算や異常値による損失を防ぐことができます。
GameFi領域では、価格とは異なるタイプのデータが使われます。中でも「Chainlink VRF(Verifiable Random Function)」は、暗号学的に検証可能な高品質な乱数を提供するため、ガチャ結果、戦闘判定、アイテムドロップなど、ゲームの公正性を担保する用途に広く採用されています。PolygonなどEVMチェーンの多くのゲームでVRFが採用され、すでに業界標準になっています。
RWA分野では、リアルタイム性の高い外部データが求められています。米国債をトークン化するOndo Finance、株価連動のデリバティブ、金や商品を扱うプロトコルなどでは、NASDAQ、CME、Bloomberg系データなどのリアルタイム情報を扱えるPythやAPI3が利用されています。特にPythは、Jump TradingやJane Streetといった大手マーケットメーカーがデータ提供者として参加し、1秒未満のレイテンシで価格を更新する仕組みを提供しており、高速性が求められるデリバティブ市場で強みを発揮します。
参考:
Chainlinkで実現するスマートコントラクトの77のユースケース
複数のオラクルプロジェクトが並存する理由 ― データの扱い方と思想の違い
オラクルといえばChainlinkが代表格ですが、業界にはPyth、Band Protocol、API3、UMAなど複数のプロジェクトが存在します。これは単なる競争ではなく、各プロジェクトが異なる設計思想とアーキテクチャを持っているためです。
Chainlinkは「分散性」を最重視し、多数のノードオペレーターが複数ソースから取得したデータを集約する仕組みを採用しています。長い実績と信頼性があり、もっとも多くのプロトコルで採用されています。一方、Pythは高速性とリアルタイム性を重視し、「取引所から直接データを取得する」構造によって極めて低いレイテンシを実現しています。先物やデリバティブなどの高速取引領域で力を発揮する設計です。
API3は「ファーストパーティ・オラクル」を掲げ、データ提供者自身がデータをオンチェーンへ配信するモデルを採用しています。中間者を排除し透明性を高める設計で、特に企業利用が進んでいます。
このようにプロジェクトごとに得意領域が異なり、ユースケースごとに適したオラクルが変わるため、複数のオラクルが並存する状況が生まれています。
攻撃事例に見るオラクルの脆弱性 ― 「間違ったデータを送られたら終わり」という宿命
外部データを扱うという構造上、オラクルは攻撃者に狙われやすいという弱点があります。過去の重大インシデントを見ると、この性質がよく理解できます。
2020年に発生したbZx攻撃では、攻撃者がDEXの低流動性な取引ペアを操作して価格を歪め、その誤った値をオラクルが参照したことで自動清算に不具合が発生し、数百万ドルの損失につながりました。
2022年には、Mango Markets(Solana)で発生した攻撃も広く知られています。こちらも低流動性のスポット市場を利用して価格を吊り上げ、そのオラクル値を担保価値として利用して巨額の借入を行うという手法が取られました。
さらに最近では、分散型デリバティブ取引所 KiloEx がオラクル操作を受け、約700万ドル規模の損失を出したことが報じられています。攻撃者は複数チェーンの価格フィードに介入し、意図的に低い価格をオラクルに報告させることでレバレッジ取引を不当に成立させました。Tornado Cash経由で隠匿された資金が使われるなど手口も巧妙で、オラクルのアクセス制御が不十分な場合、攻撃が跨チェーンで連鎖しうることを示した象徴的なケースです。
オンチェーンゲームでも、十分に安全でない乱数を利用してガチャやレアアイテムの排出確率が操作された事例が存在し、こうした問題を受けてChainlink VRFの導入が加速した歴史があります。オラクル自体はただのデータ配信装置に見えますが、裏返せば「誤ったデータが入った瞬間にプロトコル全体を崩壊させうる」ポイントでもあり、その設計には高度な慎重さが求められます。
参考:
bZx Protocol Exploit – Sep 14, 2020 – Detailed Analysis – ImmuneBytes
Mango Markets Mangled by Oracle Manipulation for $112M - Blockworks
分散型取引所のKiloEx、オラクル操作攻撃で700万ドルを失う
オラクルが向かう未来 ― ZKとAIによって「賢いデータ」へ進化する
オラクル技術の進化で特に注目されているのが、ゼロ知識証明(ZK)とAIの活用です。ZKオラクルは、オフチェーンのデータが正しいことを暗号学的に証明しながらオンチェーンに渡す仕組みで、2021年以降、研究が急速に進んでいます。すでにStarkWareやSpace and TimeがZKベースのオラクル開発に取り組んでおり、「データの正当性を事前に保証するオラクル」が現実味を帯びてきました。
また、AIを用いた異常値検出や不正データ補正も注目領域です。API3やChainlink Labsは、AIを活用したデータ検証機構の開発に言及しており、オラクルは単なるデータ供給源から、「データ品質の保証まで行うインフラ」へと進化する可能性があります。このように、オラクルはWeb3全体の信頼性の基盤を支える技術としてさらに重要性を増やしていくでしょう。
オラクルはWeb3の静かな中心
オラクルは地味に見えますが、Web3の多くのサービスが依存する“静かな中心”とも言える存在です。価格、乱数、天候、株価、イベント情報など、現実世界のあらゆるデータをブロックチェーンに繋いで初めて成立するアプリケーションは無数にあります。
前編と後編を通してオラクルの全体像を振り返ると、ブロックチェーン単体では完結しない世界を安全につなぐために、オラクルという技術がどれほど重要な意味を持つかが見えてきます。今後さらにWeb3が実社会へ浸透していくほど、オラクルの信頼性や設計思想は、プロジェクトの価値を決める重要な基盤になっていくでしょう。

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